原題は写真の通りで、「How Shostakovitch changed my mind.」。
作者のスティーブン・ジョンソンはイギリスの音楽評論家。BBCのプロデューサーとして活躍している人物のようです。
音楽書だと思いますが、訳者は音楽関係者ではなく、MITとハーバードで脳科学を専攻した元NHKディレクター。
日本語の書名「音楽は絶望に寄り添う」はかなりの意訳ですね。本の内容は英語の原題の通りです。
「ショスタコーヴィチの音楽が私の心をどう変えたか=ショスタコーヴィッチの音楽が躁鬱病(双極性障害)を患った筆者をどう安らげたか」について書かれた本です。ショスタコーヴィチの音楽がもつ奇妙な特質を脳科学の観点から分析した本です。
従って、訳者は音楽関係者ではなく、心理学と脳科学を専攻した人になったのでしょう(?)。
これは「ショスタコーヴィチ 本」というキーワードでググった時に出力された本の一覧の一ページ目です。全部で二ページありました。凄い数ですね。もちろん、モーツアルトやベートーヴェンなどの本も同じ位の数あると思いますが、ショスタコーヴィチの本とは大きく違う。違いは何かというと謎解きがあるかどうかです。
1979年のソロモン・ヴォルコフ作の「ショスタコーヴィチの証言」にはじまったこの謎解きは25年後の同じ作者による「ショスタコーヴィチとスターリン」と40年後の亀山郁夫の「ショスタコーヴィチ 引き裂かれた栄光」により謎が解かれたようです。亀山郁夫さんは「ショスタコーヴィチとスターリン」の訳者で、音楽とは関係のないロシア文学の研究者です。
この二人が謎を引き起こした張本人です。
ショスタコーヴィッチは、スターリンの時代には表面は独裁者に媚びを売るように見え、裏でアッカンベエをして見せる音楽を書き、スターリンが死んだら、フルシチョフの要請を受け共産党に入党しておいて、革命の悲惨さと民族の虐殺を描く音楽を作り続けた。そして、最期は死と諦観の音楽で締めるという生涯おくったという訳です。
(顔写真は全てWikiPediaより引用しています)
そして、上記のリストにはショスタコーヴィチの「音楽は絶望に寄り添う」も載っています。
この本は主にスターリン時代の交響曲を中心に分析が行われています。7番第1楽章のレハール由来のコミカルな行進曲、5番第3楽章の透明な悲しみ、4番最終楽章の悲劇的なコーダ、8番のフィナーレの消え入るようなエンディング、そしてスターリンの死後にようやく可能になった10番の嘲るスケルツォなど、音楽がどのように絶望に寄り添えるのか、説明する。
興味深いのは、この『音楽は絶望』が指摘する曲のポイントと『引き裂かれた栄光』や『証言』『ショスタコーヴィチとスターリン』で取り上げられるポイントが一致することです。
上記以外に、『音楽は絶望』では5番のコーダ、6番の第1楽章、9番などの記述もあり、こちらも『引き裂かれた栄光』他と一致するので、スターリン時代の交響曲の全てを網羅していることになります。
もちろん『音楽は絶望』では音楽がどのように人の脳(感情)に入り込むか丁寧に説明されているのに対して、『引き裂かれた栄光』他の解説は音楽をスターリンとその時代背景から分析することになりますので、解説の視点は異なります。にも関わらず、同じ交響曲の同じ部分が取り上げられているのは興味深いですね。
スターリンの死後、彼の音楽はますます複雑骨折化し、フルシチョフからの強い要請に負けて、共産党に入党します。これは周囲からは彼が共産党の理念に従い、抵抗を止めたと受け止められます。『引き裂かれた栄光』ではこの状態をショスタコーヴィチ最大の危機であり、スターリンによる弾圧の時期より危うかったと説明しています。
確かに、この時期の交響曲は11番と12番の二つだけ。どちらも中期の傑作群の曲と比較すると評価は低いです。
しかし、『音楽は絶望』は弦楽四重奏8番(この時期の作品)をとりあげ、ショスタコーヴィチ自身のレクイエムと高く評価しています。特に作者の名前の音名を使った巧妙な構成の解説は説得力があります。彼の音楽は謎だらけですが、この曲は特に不思議な曲ですね。
写真は本のカバーを取った状態での装丁と表表紙の裏側、裏表紙の表側です。全て謎の模様を使っています。まるで、ショスタコーヴィチの音楽を視覚化したような。多分、躁鬱病患者の心象風景を描いた絵なのでしょう。
AIにショスタコーヴィチの音楽は作れるのだろうか。