フーガの技法主要主題を第4主題として使い、コントラプンクトゥスXIV番を補作するというグスタフ・ノッテボーンさんの提案を採用しない演奏をいくつかご紹介しましょう。
まず、とんでもないやつ。
ブゾーニのバッハ編曲といえば、パルティータ2番の最終楽章が有名ですが、こんな編曲があるとは知りませんでした。
凄いですねぇ。超超絶技巧。楽譜を見ながら聴くと唖然とします。
付録もいっぱい付いていますが、コントラプンクトゥスXIV番の三つの主題を使ったフーガと「フーガの技法」全体の主要主題によるフーガがあり、最後にストレッタで終わるという展開になっています。演奏時間は30分。ただただあっけにとられて聴き続けるという感じですね。
ピアノ演奏はオグドン。こういう曲にはうってつけです。
YouTubeにはイゴール・レヴィットさんの演奏もアップされています。楽譜付きが良いかと考えオグドンさんの演奏を埋め込みましたが、演奏としてはレヴィットさんの方がUptodateかもしれません。
オーケストラ版もあります。こっちです。これも唖然とする編曲です。
次も変なやつ。ルドルフ・バルシャイ補作&指揮、Moscow Chamber Orchestra。
補作部分はフーガの技法幻想曲という感じですね。まあ1960年代の録音だから無理もないとは思いますが、時代後れ。「懐かしい20世紀半ばの響きを楽しみましょう」という演奏です。
この演奏はフーガの技法全曲が演奏されていて、バッハが作曲した部分までは普通の演奏ですから、なんでこうなちゃうのですかね。
様式は変わりますが(こんどは最先端)、ルチアーノ・ベリオのコントラプンクトゥスXIVのオーケストラ編曲です。
ウェーベルンが音楽の捧げ物でやったのと同じ手口(音色旋律を使い管弦楽編曲)です。未完の239小節以降はあえて補作せず、フレーズを完結させ、最後の長い和音(クラスターに近いですが)で終わらせるという方法をとっています。これは編曲部分と良く調和して、見事な戦略です(^^)。お勧め。
さて、普通の演奏も紹介しましょう。バルシャイさんと同じ年代の演奏ですが、こちらはまとも。ヘルムート・ヴルヒャさんのオルガン独奏です。
補作部分はコンパクトで分かりやすいです。バッハ演奏の専門家が補っただけあって、バッハの主題からの展開が自然な感じがします。オルガンで弾かれているわけですが、楽器の特性に良くあっていると思いました。
次はピアノによる演奏。ダニエル・トリフォノフさんのプロモーション映像です。
“And the tree is a good metaphor for The Art of Fugue’s overall structure,” he notes. “The theme is the trunk, the fugues are the branches, all the permutations within each fugue are the leaves…”
だそうです。
暖炉のある部屋でピアノを弾く、森の中を歩く、木のクローズアップなどのプロモーション映像付きです。上に引用したトリフォノフさんの言葉を意識しているのですかね。
補作部分の最後がブゾーニ風になるのはどうかなと思います。それ以外はまあまあの出来。
トリフォノフさんのフーガの技法については全曲の演奏もYouTubeにアップロードされています。演奏は素晴らしいですので、こちらの方がお勧めかもしれませんね。補作部分は同じですが、演奏会だから許されるという感じ。
同じピアノですが、こちらは補作部分が素晴らしい。エロイーズ・ベラ・コーンさんの演奏で、ティエリー・エスケシュさん補作です。
エスケシュさんの補作についてはYouTube動画に本人が詳しく語っていますので、そちらを参照して下さい。「過去の補作作品はおいて、フーガの技法(AOF)全曲が語っているストーリーを重視して作曲した」そうです。ただ、第4主題にはAOFの主要主題を使っていますし、4重フーガとしての展開はノッテボーンさんの影響は見られます。完成度はAOFの主要主題を使った補作としては一番じゃないでしょうか。
ピアノでAOFの主要主題を使っていない補作を一つ。キミコ・ダグラス=イシザカさんの演奏、補作したものです。
「こういう手もあるんだな」。面白いですが、バルシャイさんの補作と同じく、バッハの描いた完成形とはちょっと違うかなと感じます。
オルガンの演奏でAOFの主要主題を補作に使っている動画をご紹介しましょう。オルガン独奏はインドラ・ヒューズさん、補作はライオネル・ロッグさんです。
この補作は、前々回紹介したヒューズさんの論文をベースに、ロッグさんが作曲し、ヒューズさんが演奏したものです。
ヒューズさんの論文は「コントラプンクトゥスXIV補作マニア」には必読の内容です。バッハ作品における特定の数字へのこだわりとか、未完となった謎の解明とか、補完部分構成の提案など、先人たち(ノッテボーム、トーヴィー、ゴンツ、モロニー、ウォルフ、ファーガソンなど)の分析を踏まえた鋭い指摘が多く、興味深いです。
そして論文の最後を、この作品はバッハが亡くなったから未完成になったのではなく、対位法(フーガの技法)の未来の学習者に完成してもらうため、バッハが意図的に未完成の状態に残したのだと提唱し、
私はマイケル・ファーガソンの見解に共感している。バッハは、人々が自分なりの完成を試みることを積極的に望んでいただろうし、生徒や演奏家が自分なりの終結部を作り上げることを喜んでいただろう。どの完成形が完全に『正しい』とも『間違っている』とも言えないし、特に自由なエピソード素材は、必然的に各人の個人的かつ主観的なアイデアに開かれている。しかし、私は、「欠落した」小節の音楽的内容の特定の基本的な「構成要素」、具体的には、レクトゥスとインヴェルサスの4連符の組み合わせが、どのような完成形にも不可欠な要素になると信じている。これらの組み合わせに関する私の提案と、私が提示した意図された曲の長さに関する証拠によって、バッハの意図の完全な理解に一歩近づくことができるかもしれないと信じている。
と締めくくっています。(引用部分の訳はDeepLの訳そのままです。凄い完成度ですね。4連符は4主題の誤りですが、それ以外は完璧です。)
この論文の終わりにヒューズさんの提案する簡略化された補完部分のスコア(スケッチに近い)が示されています。ロッグさんの演奏は提案をそのまま演奏しているわけではありません。ここにriverstunさんによるシンセサイザーを使って提案をほぼそのまま再現した演奏がありますので、ご紹介しておきます。
最後にまとめにもう一つ。前々回ご紹介した Jan Overduin さんが以下の作曲者の作品をまとめて演奏したYouTube動画です。ヒューズさんの引用にあるマイケル・ファーガソンの補作が最初に演奏されています。
時間のリンクをクリックすれば、右の作曲者の補作を直接聴くことが出来ます。
0:00……….. Michael Ferguson(1990)
4:59……….. Zoltán Göncz(1996)
10:20……… Penny Johnson(2017)
12:37……… Kevin Korsyn(2016)
16:18……… Davitt Moroney(1989)
18:20……… David Schulenberg(1992)
20:36……… Francis Tovey(1931)
24:42………Helmut Walcha(1967)
こうやってまとめて聴くと違いがよく解って、興味深いです。
さて、こういうサイトを発見しました。
「YouTubeでAOF補完稿捜し」という全く同じ趣味の持ち主がここにもいらしゃっとはビックリですね。
補完稿についてはほぼ完璧なリストです。素晴らしい。